今回は、アメリカのSaaS企業「SendGrid」についてまとめたいと思います。
SendGridは、アメリカのインキュベーションプログラム『TechStars』出身のベンチャー企業です。
2009年にIsaac Saldana、Tim Jenkins、Jose Lopezの三人によって設立されました。
最初のCEOであるIsaac Saldana氏にとって、SendGridは4つ目のスタートアップでした。
直前のスタートアップには6年も取り組んだそうですが、失敗。
それまでは、市場のギャップ(非効率性)を見つけ出し、それにアプローチするという考え方でしたが、SendGridだけは違いました。
過去のスタートアップでSaldana氏は、電子メールの送信について何度もトラブルに直面していました。スパムメールを取り除いた代償として、ちゃんとしたメールすら届かなくなるケースが増えていたのです。
そうした問題を解決するのは難しいことは初めからわかっていました。
しかし、Saldana氏はエンジニアとしての使命感にかられ、それを解決するために作ったのが『SendGrid』でした。
「ホスティング事業者向けに無料かつホワイトラベル(無印)で提供し、彼らのサーバーリソースを使ってユーザーに販売する」という形式を思いついて、正式にサービス提供をスタート。
二人の共同創業メンバーが加わったのは、最初のトラクションを得た後でした。
なんども起業を経験したSaldana氏にとって正しいメンバーを選ぶのは難しいことではなく、会社にとって欠かせない人を採用することができたと言います。
『Techstars』のプログラム中にも、プログラムのほとんどはJenkins氏とLopez氏の二人が書き、Saldana氏はCEOとしての仕事に集中することができました。
2009年12月には100の有料顧客に対して累計1億通のメールを送信し、75万ドルの資金を調達。
2010年4月には有料顧客400に達し、累計12億通近くを送信。500万ドルの資金を調達します。
2011年3月には累計75億通のメールを送信し、オラクルの元幹部Jim Franklin氏をCEOにすえます。
その頃はAmazon(AWS)が直接的な競合となるメール送信管理サービス(Amazon SES)を開始するなど、環境的な圧力も強まった時期でした。
2012年1月には2100万ドルを調達し、Microsoft AzureやRackSpaceなどのクラウドホスティングサービスとも提携。
その頃には顧客数も4万に達しています。2009年に1000、2010年に1.3万、2011年に4万と加速度的に顧客数を増やしたのでした。
その後しばらくの間大きなニュースはなかったようですが、2017年10月に株式公開を発表。
2017年の売上高は1億1189万ドルと、アメリカ企業としては比較的小さな規模ではありますが、売上成長率は40%と非常に高い水準となっています。
UberやBooking.com、Spotify、airbnbなどのビッグなサービスがこぞって利用。
どうして「メールを送る」というだけのためにお金を払う必要があるのでしょうか?
今回のエントリでは、SendGridの事業背景についてチェックした上で、同社の事業数値についてまとめてみたいと思います。
LINEやメッセンジャーが普及した現在、「電子メール」というと少し古いフォーマットのように感じられます。
しかし、商用の電子メールは毎日1250億通もの数が送られていると言われています(2017 Radicati Groupレポート)。
『The Inbox Report 2017』によれば、2016年にはアメリカ人の80%近くが毎日電子メールを確認しているとのこと。
2015年のダイレクトマーケティング協会のレポートによれば、あらゆる形式のデジタルコミュニケーションのうち電子メールの投資対効果が最も高く、1ドルに対して38ドルの売上が期待される計算になりました。
そのように、特に商用目的で電子メールの重要性は高く、中でもマーケティングツールとしての側面は強力です。
その一方で、事業者にとって大量の電子メールを効果的に運用するのは複雑であり、困難さも伴います。
GmailやOutlook、Yahoo!メールなどの大手メールプロバイダーは、スパムメールが送られるのを防ぐフィルターを実装していますが、それによって必要なメールもブロックされてしまうケースが少なくありません。
『2017 Return Path report』によれば、必要なメールの80%しか届いていないというデータがあります。
事業者にとって、自社が顧客に送信したメールがどのくらい辿り着いているのか、実際に開封されているのかなどのデータを集めることはマーケティング的な観点から非常に重要です。
そうした問題を解決してくれるのがSendGridのクラウドサービスということになります。
SendGridのサービスは、具体的には「Email API」「マーケティング・キャンペーン」「エキスパート・サービス」の三つからなります。
① Email API
Email APIは、開発者向けのプログラミング上の枠組みです(APIはApplication Programming Interfaceの略)。
Email APIを使うことにより、企業は自社で提供するアプリケーションに簡単にSendGridの機能を組み込むことができます。
② マーケティング・キャンペーン
二つ目は、一般的なマーケター向けのサービスで、顧客のコンタクトリストをアップロードしたり、管理した上で、メールのテンプレートを使って一斉送信することができます。
送信したメールは、テンプレートごとに送信状況やエンゲージメント(メールに対する反応)などを分析することも可能。
③ エキスパート・サービス
エキスパート・サービスは、さらにメール送信を効率化するための高度な機能とのこと。
提供するサービスは、全て利用者のセルフサービスによって行われ、基本的にはメールの送信量に応じて課金されるモデルです。
「Email API」と「マーケティングキャンペーン」をどちらも選択した場合、次のような料金プランとなります。
・フリー:最初の30日間、4万通まで。以降は1日100通まで無料
・エッセンシャル(月に10万通まで送るチーム向け):月に9.95ドルプラス1万コンタクトごとに10ドル。
・プロ(月に150万通送る事業向け):月に79.95ドルプラス1万コンタクトごとに10ドル。
・プレミア(月に150万通以上向け):カスタム料金。
続いて、SendGridの事業KPIについて見てみましょう。
まずは、利用する顧客数の推移です。
直近では6万9300ユーザーと、前年同期(5万1300ユーザー)から35%の増加率です。
メールの送信量の推移も見てみます。
Q4に増加するアノマリー(季節性)はありますが、全体として増加を続けています。
直近四半期(Q1 18)では1304億通のメールを取り扱い、前年同期と比べて29.2%の増加。
売上ベースでのリテンション(定着)率の推移です。
当然のように100%を超えています。
売上ベースで測った定着率が100%を超えているというのは、既存顧客のバリューアップによる売上増が解約による売上減少を上回っているということを意味します。
ただ、顧客あたりのメール送信量は少し減少傾向です。
顧客あたりの送信量が188万通なので、月あたりだと63万通ほど。このくらいがSendGridを利用する事業者の規模の平均ということになります。
顧客あたりの売上(ARPU)もみてみましょう。
四半期あたりの顧客単価は平均470ドル。一ヶ月あたりに直すと156ドルほどということになります。
大きな事業者よりも中小事業者の数の方が大きいことを考えると、ARPU自体はこれから徐々に下がっていくのかもしれません。
しかし、各事業者が全体として成長していくことで、NDR(売上ベースのリテンション率)は100%を超え続けることになりそう。
モデルとしてはTwilioにも非常に近いといえます。
SendGridはまだ赤字ですが、コスト構造はどうなっているでしょうか。
売上原価率は26%、研究開発費が26%、販売マーケティングが25%、一般管理費が26%。
どれか一つのコストに偏ることもなく、なんだかバランスが取れているようです。今後の売上成長を見込んで、組織拡大に先行投資しているということが言えます。
最後に、SendGridの財政状態についてもチェックしておきましょう。
総資産は2億2054万ドルあり、そのうち1億6860万ドルほどが現預金。かなりキャッシュリッチですね。
その多くは株式発行によって調達した資金のようで、払込資本(Additional paid-in capital)が2億3275万ドルあります。この多くは株式上場によって得た資金です。
フリーキャッシュフローは780万ドルのマイナスと、まだ安定してキャッシュを稼ぎ出すには至っていません。
株式時価総額は11.7億ドルと、やはりアメリカのテック上場企業としては小さめ。
現金1.7億ドルを考慮すれば、実質的な評価額はちょうど10億ドルほどといえます。
「電子メール」という手段は個人のやりとりではかなり廃れてしまいましたが、個人と事業者との間では依然として巨大なインフラであり続けています。
FacebookやTwitter、そのほか多くのインターネットサービスでアカウント認証にメールアドレスを使いますよね。
この状態が変わらない限り、SendGridの未来はかなり明るいものだと思います。
ただ、これだけ変化の激しい世界ですから、それ以外の未来があるかもしれません。今後も満足することなく考え続けていきたいと思います。
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