Stockclipをお読みの方なら「Tinder」を知らない方はいないでしょう。顔写真を左右にスワイプするマッチングアプリです。
Tinderは、アメリカのメディア企業「IAC」の支援を受けて2012年にスタートしました。それから短期間で大きな成長をとげ、有料会員数は435万人にまで達しています。
Tinderの成功は誰もが知るところですが、その創業者については意外と情報がありません。そこで今回は、Tinderを生み出した創業者ショーン・ラッド氏のバックグラウンドや、初期のグロース施策についてまとめてみたいと思います。
ショーン・ラッド氏は1980年代中盤、移民二世としてロサンゼルスに生まれました。両親は1970年代にイランからアメリカに渡り、家電ビジネスで一発当ててお金持ちになったという家庭です。
ショーン・ラッド氏自身もビバリーヒルズの緊密なペルシャ系コミュニティで育ちます。どのくらい「緊密」かというと、イトコが42人もいるくらい緊密だったそうです。
10代の頃はコールドプレイのコピーバンドをやったりしたものの、実業家一家なので「人生で大きなことをやらなくてはならない」というプレッシャーがありました。さらには高校時代、エンタメ業界でインターンした際に、アーティストがどれだけエージェント等から搾取されているかを知り、「こんなのやってられねえ」と離脱。
13歳のころ、両親から最初の携帯電話を買ってもらったショーン・ラッドは、すっかりモバイルテクノロジーに夢中になっていました。2004年には南カリフォルニア大学に入学しますが、多くのビバリーヒルズ育ちの若者がそうなるように寮での共同生活が嫌になり、わずか2週間で自宅に帰ったそうです。
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・ショーン・ラッド氏がTinder以前に創業した2社の概要
・どのような経緯でTinder創業に至ったか
・最初のトラクションを得るためにどのような行動をとったか