今回は、アメリカのユニコーン企業「Instacart」についてまとめたいと思います。
Instacartのサービスを一言で表すと、「食料品買い物代行&デリバリー」。
多くの人がすでに買い物を行なっている食品スーパーでの買い物を代行し、その日のうちに運んでくれるというサービスです。
今回のエントリでは、Instacartの創業からの経緯を時系列でまとめていきたいと思います。
Instacart創業者のアプアバ・メフタ(Apoorva Mehta)氏はインド生まれ、カナダ育ちの31歳。
具体的な誕生日は分かりませんが、1987年前後生まれのようです。
カナダのウォータールー大学で電子工学を学んだのち、QualcommやBlackBerry、そしてなんと鉄工場(steel factory)でも働いた経験があります。自分が本当は何がしたいのかを見極めるためだったとのこと。
2008年から2年はシアトルでAmazonの物流チェーンを効率化するエンジニア(Fulfillment Optimization SDE)として勤務します。
その間に発見したことは、「自分はソフトウェア開発が好きだ」ということ、そして「大きな課題に試されたい」ということ。
Amazonに2年も勤めると、もはや難しいことをやっているという実感は得られず、社内で他にやりたいこともなかったため、退職します。
その後は、それまでに学んだことをひたすら実践に移します。
2012年にInstacartを設立するまでの2年間、ソーシャルゲーム会社向けのアドネットワークや、弁護士向けのSNSなど、およそ20もの会社を創業したと言います。
その全てが失敗する中、メフタ氏は一つのことに気がつきます。それは、「自分が作っている製品や事業分野に興味がなかったこと」でした。弁護士のことなどどうでもよかったのです。
そこで、自分が本当に解決したい課題を探そうとしたとき、あるアイデアが浮かびます。
彼はサンフランシスコに住んでいましたが車を持っておらず、料理好きなのに近所の食品スーパーに行くことができませんでした。(サンフランシスコは基本的に車社会)
2012年当時、すでに人々は多くのものをオンラインで購入することができました。
しかし、毎週しなくてはならない「食料品の買い物」だけは、なぜかオンラインではできなかったのです。
そうなると答えは簡単。「オンラインで食料品を買うことができるプラットフォームを作ろう」というアイデアに夢中になります。
アイデア自体は真新しいものではありませんでしたが、スマホの普及によりUberなどのオンデマンドサービスがヒットしていたこともあり、タイミングが完璧だと考えました。
参考:Apoorva Mehta had 20 failed start-ups before Instacart
そして2012年、Uberの食料品デリバリー版を目指して「Instacart」を設立。
2012年:Y Combinatorにすべりこみ採択
有名なシードアクセラレータである「Y Combinator」に申し込みます。メフタ氏は、締め切りから2ヶ月も遅れてたった一人で申し込みますが、なんとか採択。
その時のことを自らテッククランチに寄稿しています。
How Instacart Hacked YC(2012年8月18日)
メフタ氏は、自分の知っている人からY Combinatorのパートナー(偉い人)をメールでひたすら紹介してもらい、ひたすら「ノー」と言われ続けます。
しかし、誰もまだInstacartを使っていないことに気づくと、Y Combinatorの本社宛に6缶パックのビールを注文します。
送り先から「なんだこれは?」と電話がかかってくると、メフタ氏は「これがInstacartさ!」と叫びます。
次の日に呼び出されると、事業について詳細に説明し、多くの質問にも答えます。その結果、なんとか採択されたとのことです。
2013年:急拡大によりエリアを拡大
最初はベイエリア(カリフォルニア州サンフランシスコからサンノゼあたり)だけで食料品デリバリーを開始しますが、すぐに人気サービスに。
2013年6月には名門VCの「セコイア・キャピタル」から850万ドルの資金を調達します。
月次35%という急成長をとげる中、2013年8月には有料会員サービス「Express」をスタート。
これはAmazonのプライム会員(年間99ドルで送料無料)を真似たもので、Instacartの場合は35ドル以上の買い物を送料無料にするという内容に。
通常の注文では、送料が7.99ドルもかかっていましたから消費者にとって大きなメリットとなりますし、Instacart側にも買い物回数の増加という利点が期待できます。
この頃、それまで失敗続きだった食品デリバリー分野でInstacartが成り立つことを局地的に証明できたとして、2014年までに10都市でサービスを展開する方針を発表します。
そして、2013年9月にはシカゴでも事業をスタート。
シカゴが二番目の地域に選ばれた理由は「天気が悪い」こと。
シカゴの冬はとにかく寒く、そして長いと言われています。年に数回は豪雪となり、空港が閉鎖してしまうこともあるほど。風も強いそうです。
Growing 10% Weekly, Grocery Delivery Service Instacart Expands To Chicago
このリリースが出されたのは2013年9月18日ですから、まさにこれから長い冬が始まろうというタイミングです。
そういう場所ですから、デリバリーサービスのニーズは間違いなくあり、実際に「Peapod」という競合サービスがすでに存在し、頭角を表していました。
Instacart, Growing Rapidly In Chicago, Adds Recipes To Its Grocery Delivery Service
実際に進出すると、すぐに急成長したようです。
2014年:宣言通り10都市に拡大
そして2014年には宣言通り、サンフランシスコ、オースティン、ボストン、シカゴ、ロサンジェルス、ニューヨーク、フィラデルフィア、サンノゼ、シアトル、ワシントンの全米10都市まで事業を拡大。
今度は全米でサービスを展開するためにさらなる資金調達を行います。
On-Demand Grocery Startup Instacart Raises $44 Million From Andreessen Horowitz
これまた名門VCの「Andreessen Horowitz(a16z)」から4400万ドルの融資を受けます。同時にa16zのパートナーであるジェフ・ジョーダンが役員入り。
ジェフ・ジョーダン氏は、AirBnBの投資家であったとともにレストラン予約サービス「OpenTable」のCEOを務めた経歴があります。
Instacartは、累計で5500万ドルの出資金を集めており、それまでの9ヶ月間で売上は15倍になったとのこと。
2015年1月:2億2000万ドルの資金調達
2014年、Instacartは売上を10倍以上に増やし、第4四半期だけで2倍に増やします。
Whole Foods MarketやFairway Marketなどの大手チェーンとも提携し、従業員数も2倍以上増えて100人を突破。
買い物を個人で受託するパーソナル・ショッパーは4000人を超えています。
We’ve Closed $220M Series C Round of Financing Led by Kleiner Perkins Caufield & Byers
そして、これまた名門VCのクライナー・パーキンス(KPCB)などから2億2000万ドルの資金調達を実施。累計で2億7500万ドルの資金を集めたことになります。
この資金調達で、Instacartの評価額は10億ドルを超え、ユニコーン企業に仲間入り。
2015年5月には、新相談役、顧問弁護士のトップとして、グーグル出身のニヒル・シャンハグ、コミュニケーション担当副社長として政界での経験もあるアンドレア・ソウルを迎えています。
Instacart Adds To Its Exec Ranks With New General Counsel And VP of Comms
そして2015年6月には、一部の都市で、個人委託であるパーソナルショッパーを、Instacartのパートタイム従業員にすることを発表。
Instacart Makes Some Of Its Contractors Part-Time Employees
発表の時点では、既にボストンでは試験的にパーソナルショッパーがパートタイム従業員として働いており、そこからこのプログラムをまずシカゴに拡大。
他の都市でも追って行っていく予定。
最初のモデルでは、従業員は顧客の注文を指定の店で用意し、届けるところまでを行っていたが、この発表の数カ月前頃から、顧客の注文を店で用意する「ショッパー」と、それを顧客へ届ける「ドライバー」の2つの役割にわけていました。
従業員になる選択肢があるのはショッパーのみで、ドライバーは対象外。
ボストンでのトライアルのデータから、4分の3のショッパーがパートタイマーになるだろうと予測されています。
2015年7月にはパートタイム従業員への転換を、アトランタ、ワシントンDC、マイアミでも開始。
Instacart Offers Employee Option To Its Contractors In Atlanta, Miami And D.C.
デリバリー従業員への給与を引き下げ
2016年3月には、メイン市場であるサンフランシスコとロサンジェルスにおいて、ショッパーとドライバーの賃金を引き下げることを発表。
Instacart cutting wages for shoppers starting March 14
店で顧客の注文を集めてプレパッキングした場合の賃金は、1件につき1.5ドルとなり、それまでと比べると63%削減されることとなりました。
それまで、同様の業務を行えば4ドルが支給されていました。
また、買い物代行とデリバリーの両方を行っている”フルサービス・ショッパー”は、デリバリー1件に付き7.5ドルと商品一点当たり25セント、もしくは1件あたり2.5ドルのうち大きな方を支給。
それまではフルサービスデリバリー1件につき、10ドルの報酬とチップの半額が支給されていましたが、チップは全て受け取れることに。
2017年3月には、既存投資家のセコイア・キャピタルから4億ドルの追加資金を調達。
We’ve Raised $400M to Grow Instacart
2016年1月には18だったサービス提供地域を、35まで拡大していることも報告しています。
また、パートナーの食料品店・スーパーマーケットは135を超えました。
2017年:ショッパーからの集団訴訟
しかしその一方、パーソナルショッパーを業務体躯と誤って分類し、なおかつ経費の支払いもきちんと行なっていなかったということで集団訴訟を起こされます。
この訴訟には3.1万人のショッパーが関わっており、それだけの人数が十分な報酬を受け取っていないということになります。
結果としては、彼らに465万ドルを支払うことで合意し、和解したということです。
合意には、ショッパーに対する解雇方針の変更も含まれており、特別な理由がなければ解雇できないという内容に変えられました。
2017年5月にはサービス提供地域がアメリカ国内で50に到達。同時に、2017年中にここから更に100以上増やすことを発表しています。
Instacart is Launching 100+ Cities in America’s Heartland!
実際には、2017年だけでInstacartのサービス提供地域は30から190に増大。
2018年1月には、カナダ・トロントを拠点に食品デリバリーを展開する「Unata」を買収。
Instacart acquires Toronto-based Unata
Unataが提供するサービスはInstacartとは異なり、食料品店自身がアプリやウェブサイトを作ることが可能。
Instacart and Unata Join Forces for Retailers
また、2月には2億ドルもの金額を追加で調達し、評価額は42億ドルに達しています。
重要な提携先であるホールフーズ・マーケットがAmazonの傘下に入ったりなど、色々と懸念の多いInstacartですが、今のところは着実に事業拡大を続けているようです。
彼らが対決するのは、結果としてAmazonという世界最大級のインターネット企業となりました。
Instacartはまだ未上場ですが、この戦いがこれからどうなっていくのか、非常に気になる会社の一つだと思います。